平成29年2月の聖語
聖語の意味
自分の心を覗いた時、そこに地獄(悪しき心)が存在していたことに気付くのが信仰の原点ではないでしょうか。しかし、自分の悪を認めることは人にとってたやすいことではありません。 それに気付いたらば、日々、仏の前に額ずき己を謙虚に省みることです。その時、初めて仏の大いなる懐に抱かれ、生かされていた自分を発見することができるのです。それが信仰の喜びというものかも知れません。
自分の心を覗いた時、そこに地獄(悪しき心)が存在していたことに気付くのが信仰の原点ではないでしょうか。しかし、自分の悪を認めることは人にとってたやすいことではありません。 それに気付いたらば、日々、仏の前に額ずき己を謙虚に省みることです。その時、初めて仏の大いなる懐に抱かれ、生かされていた自分を発見することができるのです。それが信仰の喜びというものかも知れません。